新たな “港町3部作”のはじまりと言われる『ル・アーヴルの靴みがき』公開を記念してに、処女作『罪と罰』から前作『街のあかり』まで、アキ・カウリスマキ監督作品全20作をふりかえります。
渋谷・文化村前交差点左折


アンリ・ミュルジェールの小説「ボヘミアンの生活の情景」を原作に、パリで撮り上げた作品。売れない作家のマルセル、アルバニア人の画家ロドルフォ、音楽家のショナール。若く貧しい芸術家3人が出会って結んだ友情、仕事、恋を、叙情を込めて描く。フランスを舞台にアンドレ・ウィルムが元作家マルセルを演じるなど、本作の後日譚ともいえる『ル・アーヴルの靴みがき』で、カウリスマキはマルセルをどう描くのか?ぜひ見比べてほしい。

カウリスマキが、敬愛するジャン=ピエール・レオーと初タッグを組んだ作品。過去の映画への敬意に満ちた本作は、ロンドンを舞台に「イーリング・コメディ」のスタイルを取り入れている。フランスに居場所をなくし、ロンドンの水道局で働くアンリは、職を失った絶望から自殺を図るが失敗。新聞で見つけた“コントラクト・キラー”に自らの殺しを依頼したとたん、花売り娘と初めての恋に落ち、殺し屋から逃げまわるはめになる…。レオーは以降、『ラヴィ・ド・ボエーム』『ル・アーヴル~』でも印象深い役を演じている。


カウリスマキ作品の常連マッティ・ペロンパーとカティ・オウティネンが初めて主役を演じた、悲哀に満ちた恋の物語。ゴミ収集人のニカンデルは同僚の死に直面し、スーパーのレジ係、イロナをデートに誘うが失敗。一方イロナは突然職場をクビになり、会社の金を持ち逃げしてしまう…。現実の厳しさに洗われ、ぎくしゃくと進展する恋の行方を、シンプルな描写で見つめていく初期の傑作。ヘルシンキの街を捉える見事な撮影、挿入歌が醸し出す情感が深い余韻を残す。

ラップランドの炭鉱夫カスリネンは、鉱山の閉鎖と父の自殺に直面。彼の残したオープンカーと有り金をすべて持って南へと向かう。だが、暴漢たちに金を奪われ、日雇い労働で食いつなぐ日々に。ある女性と出会って掴んだ幸せも束の間、暴漢への仕返しが、今度は彼を刑務所へ追いやることに…。フェード・アウトで繋がれる不幸な出来事の連鎖に、ふと挟まれるユーモア。不幸に見舞われ続ける男の物語は、後の『過去のない男』の原点とも言える。

マッチ工場に勤め、母とその愛人を養う憂鬱な日々を送る少女イリス。地味な彼女はダンス・パーティーでも誰からも誘われない。意を決して買ったドレスも、母の愛人から売春婦となじられる始末。だがそのドレスで出かけたディスコである男に誘われ、やっと幸せをつかんだと思ったイリスだったが…。台詞をほとんど用いず、画面の連鎖でイリスの不幸な境遇を浮かび上がらせる演出は、『街のあかり』に受け継がれている。洗練と毒の極まった代表作。


ヘルシンキの名門レストランの給士長イロナと、路面電車の運転手ラウリは仲のよい夫婦。慎ましい生活を送っていたふたりだったが、時を前後しそろって失業してしまう。見つかった職も上手くいかず災難が続く中、イロナは意を決して夫と新しいレストランをオープンする計画を立てる。深刻化するフィンランドの失業問題に希望を与えようと、物語をハッピーエンドで締めくくることで、より深い人間的な温かみが刻み込まれた傑作。

ヘルシンキに流れ着いたひとりの男。しかし彼は暴漢に襲われ瀕死の重傷を負い、すべての記憶を失ってしまう。過去を失った男は絶望の淵でささやかな人生を重ねていく中で、イルマという女性と出会う。それは男にとっては初めての、あたたかで満ち足りた思いとなって、彼の人生を包み込むのだった…。ユーモラスで牧歌的でありながらも人生の苦渋を浮かび上がらせカンヌ映画祭でグランプリと主演女優賞を見事ダブル受賞、大ヒットした。

ヘルシンキの片隅で、家族も恋人もなく、ひとり孤独に生きるコイスティネン。彼にはソーセージ屋のアイラの眼差しも届かないでいた。そんな彼が美しい女ミルヤに出合い恋に落ちる。しかしミルヤは宝石強盗の罪を擦りつけようと送り込まれたマフィアの情婦だった…。滑稽なまでに悲劇を受け入れていく男の姿を定点観測のように見つめ続け、人間の孤独を冷徹なまでにむき出しにしながら、やがて灯るかすかな希望に涙せずにはいられない。


ドフトエフスキーの名作「罪と罰」に挑んだカウリスマキの野心漲る驚異の長篇デビュー作。食肉解体工場に勤める青年ライヒカイネンが、恋人をひき逃げした男を射殺した。現場で目撃していたケータリング業者のエヴァは警察での証言を偽り、二人の間に次第に奇妙な共犯関係が生まれていく。原作の核心を大胆にすくいとって、殺人者ラスコーリニコフ=ライヒカイネンの葛藤を、台詞を抑え、画面と描写の力で描き出す。

シェークスピアの悲劇「ハムレット」を現代におきかえ、陰謀、毒殺、父の亡霊、オフェリアの水死といった骨子を残しながら、ハムレットを王子ではなく造船所の御曹司に仕立てた意欲作。重役のクラウスは社長夫人ガートルードと結婚、反発するハムレットをよそに、自らの私欲のため造船所を売り飛ばすと言い出す…。緊張感に満ちたモノクロ画面の中、ラストには原作にはない驚くべき結末が用意され、人間の計り知れない暗部が口を開ける。

フィンランドの国民的作家ユハニ・アホの同名小説で幾度も映画化されている名作に、音楽付きサイレントの形で挑んだ冒険作。農村で仲睦まじく暮らすユハとマルヤの夫婦。人の良いユハは、都会から来たシェイメッカの車の修理を引き受ける。だがシェイメッカは若く無垢なマルヤに目をつけ、都会へ出ようと誘惑する…。古典的なメロドラマを、サイレントの効果で寓話的な印象に包みながら、人間の弱さと許しを見つめ、その悲劇性を鮮やかに浮き彫りにする。


「カラマリ・ユニオン」の15人のフランクたちが貧しく息苦しい町を出て、町の向こうにあるという希望の地、エイラへと向かおうと決起する。だがその旅路は謎だらけのまま、フランクたちは次々と倒れてゆく…。前作からうって変わり、即興的な演出で、遊び心とユーモア、そして毒気が存分に発揮された第二作。後のレニングラード・カウボーイズのメンバー、サッケ、マト、サカリもフランクとして登場し演奏を披露している。

他国が舞台の作品から4年ぶりにフィンランドに戻り、常連キャストで撮影された、肩の力がぬけた愛らしさのある作品。母親の元で暮らす仕立屋のヴァルトが、ふとしたことから修理工のレイノとともに週末の旅にでる。ロシア女性のクラウディア、エストニアの女性タチアナに声を掛けられた彼らは、ふたりを港まで送ることに。数日にわたる車での旅は、無口な男たちと、彼らを呆れながらも微笑ましく見つめる女たちの距離を、ゆっくり近づけていく。


恐ろしく長いリーゼント、サングラス、つま先の尖ったブーツの売れないバンド、レニングラード・カウボーイズが、悪徳マネージャー、ウラジミールに振り回され、極寒のツンドラ地帯から、ニューヨーク、果てはメキシコへとむかう。可笑しくも悲しい破天荒なロード・ムービー。「スリーピー・スリーパーズ」として活動していたバンドはこの映画をきっかけに「レニングラード・カウボーイズ」に改名した。

無謀にも旧約聖書をベースにした『ゴー・アメリカ』続篇。一度はスターとなったレニングラード・カウボーイズも、テキーラの飲みすぎで死者が続出、ウラジミールは失踪し、メンバーはわずか5人に。NYで出会ったウラジミールの生まれ変わりという男モーゼの命令で故郷シベリアを目指すも、モーゼのせいでCIAから追われ…。旅中でメンバーを増強しながら、ヨーロッパを多彩な演奏とともに横断する、荒唐無稽にしてメランコリックな痛快作。


冷戦直後の1993年6月、ヘルシンキで7万人を動員した、レニングラード・カウボーイズと旧ソ連退役軍人らで結成されたレッド・アーミー・アンサンブルとの合同コンサートを捉えたライブ・フィルム。シベリウスの≪フィンランディア≫からレッド・ツェッペリンの≪天国の階段≫まで、驚異のアレンジで次々と演奏していく、圧巻と感動の55分。

86年、スリーピー・スリーパーズ&レニングラード・カウボーイズ名義の楽曲とメンバーの出演による『ロッキー』のパロディ。痩せこけたアメリカ人ボクサーと体格のいいロシア人ボクサーがそれぞれ筋トレと減量を経て、ヘルシンキで対戦する。

アメリカ南部。脱獄囚が夜の町をさまよい、追ってをかいくぐって恋人に再会する。全篇に流れるタイトル曲は、脱獄囚が迷い込んだステージで歌われている。

パリの夜。ロバを連れた1人の男がカフェを訪れ、えさを与えようとする。全篇に流れるタイトル曲(ロシア民謡)は、68年にメリー・ホプキンの歌で大ヒットしたもの。

ナンシー・シナトラ≪にくい貴方 These Boots Are Made for Walkin’≫のカバーに乗せて綴られる、1952年から69年までのバンドの歴史。リーゼントに尖った靴の姿で生まれた赤ん坊が、学校に通い、サウナに入り、酒を覚え、恋をし、結婚する…。